しろくま図書委員会

📚 会場配布のコラム集

「図書室ではお静かに」によせて(第15回 4月25日)

要ケアー4年目のしろくま図書委員会について

3年前の4月8日が、しろくま図書委員会の最初のライブでした。それから数えること15回。毎回、足を運んでいただいたおかげさまをもちまして、なんと当たり前のように4年目を迎えています。

年度末の絡むこの時期は生業との兼ね合いで、全く新しいものを作るのは大変、ということは去年、一昨年とで学んできているのですが、結局今回も、新しい曲を3つ仕立てて臨んでいます。

昨年は「こみみたてまつります」という意欲作でした。意欲作というのはどういう意味かというと、こんな意味のわからない言葉で歌を作ってみたらどうだろうか、規制はないしそもそも自由だし、本を読まない不勉強な中学生の宮野くんの設定だからこそ勘違いした言葉を並べても何の矛盾もないし、貪欲にやってみようという意欲作です。

中学生の宮野くんだからなんでもあり。という言い分は、強みです。正誤の検証をする必要もないのです。間違っていて当たり前。つまり、作り手の私が間違っていればそれがむしろ正解になるわけなのです。お気楽。

それでも、物語は進まねばなりません。なぜなら、そうでなければ物語とは呼びにくいからです。ということで、この度は図書室のルールというものに目を向けてみました。宮野くん、ルールをひとつ覚える。そして、覚えたことはそれをまだ知らない人にひけらかす。男子たるもの、そうでなくちゃ。

このように、まだまだしろくま図書委員会は終わる気配がありません。みなさん、要チェックならぬ、要ケアーです。大事にしてください。

とはいえ、身近な皆さまがたに、いつでも来てね、気にしてね、と言い続けられるほど面の皮は厚くありません。そろそろ、何かとご用事と重なってご来場いただけないかたも出て来るのが、普通です。

そこで、本年しろくま図書委員会は、見ず知らずの場所に出向いてみることにしました。いわば、旅です。

ああ日本のどこかに、しろくまを待ってる人がいる、の境地です。

すると驚くほど早く「続きが見たいのでやってくれまいか」と言って下さるお店があらわれたのです。しろくまを待っているお店は、あったのです。

ただただ私たちの物語をやりたくて、ここプレイヤーズのようなお店はもちろんのこと、あまたの出演者の人たちをも巻き込んで参りました。が、このたび急なお話であったせいもあって、ワンマンライブとなりました。お話を少し巻き戻して、もう一度初めからやり直してみます。

みんなで、中学校をおさらいしましょう。要ケアーです。

ぼくこと宮野馨こと石村吹雪

「図書室」という場所

 しろくま図書委員会を始めて、とても驚いたこと、それは「中学校の図書室の場所を覚えてない人がいる」という事実です。

 一人目は宮野くんでした。私は「え、そんな人いるの?」と聞き返してしまいました。地域の図書館ならいざ知らず、学校の図書室ですよ? 課題図書とか調べ物とか、接点はいろいろあるでしょう? 宮野くんはレアケースなんだと思いました。

 ところが、ライブ会場で聞いてみると、結構いらっしゃるのです。図書室の場所なんて、思い出せないとか、そもそも行ったことないとか、図書室があった、という記憶がないとか。私の感覚の方が、ずっとバイアスがかかっていたわけです。世間一般の大多数は、図書室のことを覚えているし、なんならある程度、役に立つ場所、よい場所として記憶されていると思い込んでいました。

 私の記憶の中で中学校の図書室は、白っぽい廊下に面して、いつも静かに存在していました。しろくま図書委員会の物語では、ずっと図書委員をしていますが、実際は持ち回りで図書委員だったりそうでなかったり。それでも図書室には頻繁に通っていました。

 そんな大好きな図書室そのものをテーマにしたのが、今回の新曲「図書室はお静かに」です。しかし、実はこの作詞は難航しました。言葉としてはキャッチーなので、随分前から書き始めていたのですが、私にとっては「図書室は静かに過ごす場所」というのが当たり前すぎて、その世界をどう描けばよいか悩んでしまったのです。

 ところがある日、途中まで書いた歌詞を宮野くんに見せたところ、「これは絶対面白いコーラスができる!」と言ってもらえました。そこからアイデアを詰め、補作詞もしてもらって、無事、完成したのです。いや、まだ完成していません。これはみなさんと一緒に完成させる歌です。それほど、コーラスに重きをおいた一曲となっています。

 そしてこれほど、ライブでないと体感できない楽曲もなかなかないかも知れません?!  どんなふうになるのか、わくわくです♪ うまく成功するかな? その過程をみなさんとともに、しっかり楽しみたいと思っています。

図書委員のあのこ こと 柏原はねみ

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「冬の星座を見るように」 によせて(第14回 2月1日)

最後のシーン 宮野馨

確か、しろくま図書委員会という名前が発案されたのが、3年前の2月半ばすぎのことです。今日、満3年未満ということになります。が、2023年2月初旬。すでにこの物語に関する楽曲、20曲ほどが作られていました。当時はひたすら、この新しい試みがモノになるかならないかどころか、どこまで作り続けられるかを試すのが目的であるかの如くに、作ってみて、そして闇雲に練習してみていました。

その後、名前とコンセプトを決めて、勢いで作ったたくさんの楽曲たちは物語の進行に合わせてセットリストに展開していく、というルールを定めて、季刊誌のようなペースで皆さんの前でライブ演奏していきました。

それがもうはや今回で14回目ですが、3年前の今頃にすでに作られていたにも関わらず、まだ演奏されていない曲がいくつかあります。

それは何かといえば、物語の流れの中で、中学生どころか小学生段階のものであるがゆえに演奏する機会がなかったものたちがありました。それともうひとつ、物語の終わりのために作られた一曲。いわば最後のシーンです。この二種類以外の、数々のエピソードの楽曲を片っ端から演奏して来ているのが現状です。

当然それらをやり切ったなら、ようやく最後のシーンが歌えるというものです。

しかし物語の進行というよりも、季節がひとつ過ぎるごとに新しい曲、言い換えると新しいエピソードを表す作品が、その都度に生まれてきました。これをどう捉えるべきかと言えば、全て宮野くんが忘れ去って来たのに、思い出してしまったお話の一つ一つだと、考えてください。(これがなんのことか分からない方は、Bar愛読書綺譚、あるいはファーストアルバムにある設定をご覧ください。)

それで、最後のシーンにはなかなか到達しないわけです。

また、とかく良いも悪いも意見をしにくいリアルお友達が、回を重ねていくほどに客席から遠ざかっていくのは世の常です。なので工夫をして、お友達以外のさまざまな方に見ていただいてみると、「コンセプトの面白さ」については様々な方から応援の声をいただけることが分かってきました。だから今年、しろくま図書委員会は今までとは違った方法で、外に出てみることにしました。そう、初めて聴く人たちに出会うのです。

そうするとますます、最後のシーンを演奏する機会は遠ざかるのです。

もちろん最後のシーンは、やがてこの活動を終える時にやればいいのだと思ってきました。がしかし、活動開始から3年を迎える今、考え方が変わりました。しろくま図書委員会活動はまだ終わらないけれども、最後のシーンは、先んじて生演奏とは違うさまざまな形で提示しておこうと思うようになりました。そうすれば、いつでも終えられるという言い方ができます。なるほど実際そういうお年頃でもあります。

いえいえ本当は、早くお聴かせしてみたいだけなのです。なんでどうしてもったいぶって、作ってから3年も眠らせているのでしょう。それは詰まるところ、まだまだお話は終わらないからです。ライブの会場でのみこっそり、聴いていただこうと考えています。皆さん退場まで、油断されませんように。

図書委員のあのこに夢中な宮野馨 こと 石村吹雪

あらすじビデオもアスクマも しろくま図書委員

 2026年最初の委員会活動は、神楽坂マッシュレコーズ。こちらでは晴れて2回目のライブです。

 この空間、わくわくしますよね。意外と幅広の階段を降りると、どこかレトロな木の棚、たくさんの楽器、あちこち座ってみたくなる椅子、めくってもめくっても現れるカーテン、そして前にも後ろにもあるスクリーン。

 やはりいつもと違うこと、何かやってみたくなります。そこで今回は、前回の映像に新しいライブ画像を加え、各回にサブタイトルをつけてみました。そこを読んでいくと、ものすごく大まかにあらすじがわかるという趣向です。

 なんて、カッコよく説明してみましたが、結局これも、ただ、お見せしたいだけなのです。作ったらすぐ見せたい聴かせたい反応ほしい。宮野くんの言う通りです。

 そして、この映像の最後には、アスクマというショート動画も流れます。これは昨年末、私がスマホに書き散らしていた詞を見せたところ、その場で宮野くんが曲をつけ完成した一曲です。ものの数分で、あまりにも楽しい曲ができたので、すぐに録音し年明けのご挨拶として、YouTubeとTikTokで配信しました。つまりこれも、“ 録って出し ”だったのです。

 さらに、ものすごい速さで進化する生成AIの力を借りて、昨年のライブの解説動画まで作ってしまいました。こちらはYouTube「しろくま番外地」にて公開中(ラジオのように聴いてみてね)。

 このように、今年は生演奏だけでなく、さまざまな形でしろくまの世界をお届けできそうです。しろくま図書委員会として面白いと思ったもの、その点だけはブレずに創作していきますので、ぜひチェックしてください。そして何がしか反応していただけたらうれしいです。

図書委員のあのこ こと 柏原はねみ

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「続・読書週間」 によせて(第13回 11月15日)

想像の相乗 宮野馨

おそらくほとんどの人が、せいぜい一年程度のおふざけ企画だろうと思われていた「しろくま図書委員会」が、どっこいなかなか終わらないのは、物語の最初と最後はあらかじめ決まっているからです。「ライブのたびにお話が続きます」とは謳ってきていますが、このお話とやらをどのくらいの速さで進めるべきとか、きっちり時系列に沿って進めるべし、といった制約がないため、逆に極端な話、毎回あっち行ったりこっち行ったりの展開が出来るわけです。

われわれは日本で育ち当たり前に季節があり、その中でうたを作っています。三ヶ月間隔で開催されているライブでは、前回の続きを進める以上に、季節感を無視して開催するわけには行きません。物語の進展よりもやっぱり今日この時の季節感を大切に、うたっています。だから結果として、パズルのようにさまざまな年次の季節を背景にしたお話を挿し込んでいきます。それでは、なかなか終わらないわけです。

しかし、これがこのまま五年十年と続いた場合はさすがに、中学校三年間分の「歌になるエピソード」はすべて網羅してしまう恐れがあります。おそれ、というのもおかしな話ですが。今自分で書き出して怖くなりました。たとえばこれが、宮野くんという本当に実在した人の、ほとんど忘れていたはずの、図書委員のあの子に関する思い出を綴り尽くしてしまったとしたら。もはや架空と言い難い「記録」になってしまうのではないでしょうか。

そうなるともはや絵空事ではありません。少し苦味を帯びつつも、それでも全体的には甘い年頃の回想録です。

実はかつて僕は二十年ほど前に、通勤電車で毎日必ず乗り合わせてしまうけれども自分とは決して何事も起こらない女性とのことを歌にしてみる、という「はじまらない物語」を歌で書き続けてみたことがあります。

そのお話は当然一人で描き続け、22曲作ったところでもう、抜け殻のようになってしまったためそこで終わりました。当時はその歌ばかり歌っていましたので、まるで僕自身がストーカー的危なげな人であるかのように捉えられたものでした。少し面白いけれど、危うくそして悲しい想像が作った絵空事でした。

それに対して今回の、「図書委員のあのこと宮野くんのすれ違いのお話」は合計二人前の想像力による作品が相乗的に増えてはすでに70曲ほど。三桁に届くのも現実的になっています。

もう決して悲しくないのは、歳をとったからかも知れません。そして別世界とは思えない、どこかで見覚えのある絵空事は、まだしばらく続くのです。

図書委員のあのこに夢中な宮野馨こと 石村吹雪

読書週間のあの日 しろくま図書委員

しろくま図書委員会の活動を始めてから、子どもの頃、どんな読書をしていたか、振り返ることが多くなりました。もちろん「図書委員のあのこ」のキャラクターは私自身とイコールではありませんが、小中高と私が本の虫だった日常の風景がたくさんつまっています。

さて、今回のライブテーマが「読書週間」と決まったとき、どんな思い出があるか振り返ってみたら・・・、とてもひねくれた自分を見つけました。

それは、小学高学年のことです。「読書週間」に読んだ本を表にまとめ、その中から、クラスメートに推薦したい本を発表する、という宿題がでました。

いざ、発表の日。担任の先生は、どの子がどんな本をどんな理由で推薦しようとも決して否定せず、「読みたいと思った人―!」と声かけしたら、みんなで「はーい!」と手をあげる、というパターンを早々に作り上げました。

教室はたちまち大盛り上がり。発表が進むにつれ「はーい!」という声はどんどん大きくなっていきます。もはや、大声を出すのが楽しい子どもたち。そんなよい雰囲気の中、とある有名な、それでいて、私が好きではない本が発表されたのです。

そのとき私は、みんなと一緒に「はーい!」と言えませんでした。だけど、挙手しなかったのは私だけで、せっかくの発表を一人だけ反対した、という格好になりました。だからって、何か言われるわけでもなく、そもそも、気にしている人はいなかったと思います。けれど私自身は、そのことが心に引っかかってしまいました。そもそも、読書週間だけ競い合うように読書するなんてヘンだし、読書はずっとするものだし、なんておかしな方向に考えをそらしたりしてずっともやもや・・・。

そんな思い出を振り返りながら作った新曲、楽しんでいただけたらうれしいです。

図書委員のあのこ こと 柏原はねみ

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「みみフェス」 によせて(第12回 8月3日)

CDやらAIやら

今回しろくま図書委員会が商品棚に並べましたのは、前回のライブ、「こみみたてまつります」の中から7トラックを選んだものです。ライブの模様をコンパクトディスクに収めたもの。いわゆるライブ盤というやつでございます。

正直、すごい録音もすごい演奏も出来るわけではありせん。でもその代わり、何歳になっても次々と新しい歌が生まれています。それを記録しておくのは、意味のあることだと感じています。そしてこの途絶えぬ創作欲をかきたてているものそれは、ライブハウスでお客さまがたと一緒に歌う瞬間のよろこびです。それこそが、歌を作る理由であり、原動力なのです。

ことにこの、「しろくま図書委員会の世界」は、昭和の時代には覚えきれないほど沢山いた同級生たちの中で起きていたかもしれない、いや、起きていたにちがいないシーンの連続なのです。図書室に入り浸りだった人は無論ですが、縁のなかった人にも、「あの季節の図書室の内外でともに過ごした時間」には、何かしら思いあたるところがあると思います。まだあまり疑うことを知らず、鵜呑みのように合唱曲を覚えられたあの頃のように、手放しで「リーディーン、ハートビー」なんて歌えているいまを、ともに慶びあえたらいいなと願います。というわけで、コンパクトディスクに収めてみました。

そしてコンパクトディスクとは、我々世代にとっては切ってもきれない間柄の媒体です。新譜の発売を待って過ごしたあの長い時間を、我々は当時の汗の匂いたぎる自分の周りにまとわりつくいろいろな温度の記憶を伴って思い出すことができるでしょう。お手製ですが、まあだからこその味わい深い商品、よろしくお願いいたします。

それから、エーアイという言葉をライブの最中にも使います。今流行りの道具ですから人によってはお馴染み、あるいは人によっては無縁です。我々も半信半疑で扱い始めてまだ一年足らずです。試しに、ライブの模様の要約をさせてみたら、作者当人である我々にはない視点で妙にリアルに描いてくれます。しろくま図書委員会のライブはすなわち物語の進行です。初めての方にはとっつきにくいかもしれないところ、要約はとても重宝しています。しかも、エーアイは我々の音楽を聴いたわけではないのです。テキストで作った台本や歌詞を読解しただけなのですから、驚くべきことと思います。

もちろん、エーアイの利用については作り手として賛否両論あります。我々個々の人間が時間をかけて身につけた技術をつかって、自身の内面にある何らかのものを、何らかの形をもって表現をするのが作り手のプライドであり、いわば作り手を名乗る前提条件です。例えば、要約が得意と聞いたからそれに任せてしまうこと自体にも抵抗がありました。確かに自分自身の心身を使った自分の文章でなくなるわけですから。もはや自分の作品とは言いがたいし、何より、責任が感じられなくなります。エーアイ利用に対しての葛藤は、万人のご想像通りと言えると思います。

では、ならば一度使い倒してみよう。と思い立って初めて使いまくってみたのが、7月に今回のみみフェスのためにYouTubeで公開しておいた「みみふりロケンロール」です。画像、動画、全て生成エーアイによるものです。不慣れなもので、一貫性に欠けていたり文字が見たこともない形だったりします。そしておまけに、歌以外のバンド風の音も一切演奏をしていません。ギター片手に作ったうたを、曲構成にコード進行、曲調に至るまで、テキスト形式で書き起こしたものから、パソコンソフトに生成させたものです。だから生身の素材は、我々二人の声だけということになります。これをもって、今後の付き合い方を考えてみようと思っているところです。皆さんは、どのようにお感じなられるでしょうか。ここは是非に、お尋きしたいところです。

CDやらAIやら、元々何の略だかを意識せずに過ごしているのと同様に、当初は奇異だった存在にもヒトは慣れていくものです。「しろくま宣言」が当たり前になってしまったように。「かわはら」が何のことだか考えなくても済むようになってしまったように。

図書委員のあのこに夢中な宮野馨こと 石村吹雪

Bihinz だったりおばあちゃんだったり

今年の夏ライブ、思いがけず、マッシュレコードさんで開催できることになったのは、年明けのことでした。とても人気のお店で、年初時点で年間スケジュールはすでにいっぱい。でもご厚意で夏の貴重な1日を、あけてくださったのです。

改めて打ち合わせに伺ったある日、兼ねてよりしろくまライブで、やってみたいなあと思っていたことを思い切って相談してみました。

 一つは、真夏のライブでひんやり和んでいただく、かき氷を出すこと! そしてもう一つは、プロジェクターを使った動画の上映。なんと両方とも、素晴らしく理想的な形で実現できることになりました。だって、かき氷機、お店にあるっていうんですもん。さらに、大きなスクリーンが2面もあるんですって。もう、驚き桃の木山椒の木です。

これで思う存分、しろくまスピンオフ「Bihinz」の楽曲を上映できます。撮影いただいている写真も、存分に見ていただくことができます。夢が叶ううれしさのあまり、いろいろなことをしようとしすぎて、途中、〆切が苦しかったこともありましたが、なんとか本日、すべて揃えることができました。ともすると、最初から最後まで、ボケっぱなし(ツッコミまち)と評されるしろくま図書委員会ですが、かき氷片手にこの夏ライブを楽しんでいただけたら、うれしいです。

それからもう一つ、伝えたいこと。それは『図書委員とぼく』の世界に欠かせない、宮野くんのおばあちゃんの物語です。本好きのおばあちゃんは孫の馨ちゃんのために、絵本をたくさん用意しました。なかでも馨ちゃんが喜んだのが「しろくまさん」だったのです。それはもしかしたら、ほんの偶然だったかもしれません。しかし、気をよくしたおばあちゃんは、みみをつけたり、人形を手作りしたりして、ますます熱心に読み聞かせした、といったことは想像に難くありません。

傍から見たら滑稽な姿でも、そこはきっとほんわか素敵な空間だったことでしょう。なんて、考えているうちに、ふと、年齢が気になりました。

・1916 祖母誕生

・1953 学校図書館法施行

・1968 祖母52歳 母27歳 宮野くん誕生

・1973 祖母57歳 母32歳 宮野くん5歳 (読み聞かせをしていたころ)

・1982 祖母66歳 母41歳 宮野くん14歳(中2)

・1998 祖母82歳 母56歳 宮野くん30歳(Bar愛読書のあたり)

あれあれ? このなかで一番近いのって・・・まあ、いっか。気にしない、気にしない。私は今日も中学生のあのこと祖母を演じます。

本に夢中なしろくま図書委員のあのここと 柏原はねみ

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「こみみたてまつります」 によせて(第11回 4月26日)

どうやって、しろくまを動かそうか

しろくま図書委員会、おかげさまで三度目の春を迎えました。

活動を始めた当初は、楽曲作りが調子良く進んだこともあり、作った歌の練習に最も時間を費やしていました。ところが、YouTubeに楽曲を載せ始め、ありがたいことに再生回数が少しずつ伸びてきたのをきっかけに、練習よりも録音、そして動画作りに時間を割くことが増えてきました。

動画と言っても、最初の楽曲「しろくまサマー♪」から登場している、はねみさん所有のしろくま人形は、当然ながら動きません。写真を並べたスライドショーに、時々文字が表示される…そんな素朴で、まあ、ただただ可愛いだけの、本格的な動画とはまだ言えないものでした。

しかしその後、「すれちがいの図書室」「読書日和」「ハッピーしろくまイヤー♪」と作っていくうちに、写真をコマ撮りすれば、少しは動きが生まれることを知りました。さらに、衝動買いしたパペットで作った「たかが本されど本」では、動きのある楽しさを、世間の流行からはずいぶん遅ればせながら実感したのです。

いえ、動画で何か大それたことがしたいわけでも、歴史に残る立派なものを作りたいわけでもありません。これは、ただただ、しろくま図書委員会の物語に関心を持ってもらうための一つの手段、いわば「おまけ」です。その出来栄えも、正直ちょっとダサダサなくらいが、この世界観にはぴったりだと思っています。

それでもいつしか、「図書委員のあのこ」役のしろくまや、宮野くん役の茶色いくまが、動画の中で動きだしたらもっと楽しいだろうな、と思うようになりました。「踊り場でシャドウ」のMVでは、スマートなコマ撮りを目指してみたものの、結局、図書室の窓の向こうにいる「あのこ」を遠目に眺める、わずか数秒の怪しげな挿入カットの方が印象に残ったようです。

とはいえ、あの人形たちを自在に動かすなんて、私たちには無理な相談。「夏のしろくま行進曲」ではパペットの足に細工をして手動で行進させ、「はじめまして」では書架の迷路で人形を糸で引っ張ってみたり…。その稚拙さが、かえって手作り感として味になっているかな、と自分たちをささやかに褒める程度の出来でした。

そんな試行錯誤のさなか、現れたのがAI技術です。なんと、写真から動画を生成できるようになったというではありませんか。特定のソフトを使えば実現できるらしい、と。そこで、前回のライブ録画販売で皆さんにご協力いただいた資金で、ソフトを導入しまして…ようやく、「図書委員になりたい」のMVで、宮野くんの堂々たるぎこちない素振りが実現したわけです。

そして、今回の新曲MV「こみみたてまつります」では、さらに調子に乗って、あのくまたちが急に動き始めています! まだまだ制御は難しいのですが、なんとなく本棚の隙間から宮野くんが覗いていたり、図書委員たちが楽しそうに会話しながら歩いていたり…「ように見える」程度ではありますが、ついに彼らが動き出しました。みなさん、お気づきいただけたでしょうか?

作り手として、制作現場へのAIの介入には、正直、懐疑的な気持ちもあります。でも、利用できるものは利用したい。なにせ、人間である我々には時間が足りませんから。実はこの1ヶ月ほど集中的に試してみたAIの処理能力の高さは、まさに人智を超えています。体感的には、のぞみよりはやぶさよりも速いです。私たちが新幹線の速さを当たり前のものとして受け入れているように、彼らAIとの付き合いも、いずれ日常になっていくのでしょう。

試しに、入力可能な全てのデータ(全歌詞、あらすじ、アルバム読み物、過去10回分のライブ台本)をAIに読み込ませて、今回のライブ台本を書いてもらいました。結果は…一読して却下! 思えば、まだ私たちの声やギターの音を聴き分けることもできなければ、基本的な設定を読み違えている段階ですから、当然かもしれません。しかし、「みみはどのタイミングでつけるか要検討です」などと、適切にマニアックな提案もしてきたりするので、いつかは合格ラインを超えてくるのかもしれませんね…。それでもきっと、頑固体質な我々は、「自分たちで作る方が早い!」なんて言いながら、意地でも自作にこだわり続けるのでしょう。が、が、が、がしかし我々の自作は限界目前です。なので、歌にあわせて動画制作をしてくださる方、大募集しています。

図書委員のあのこに夢中な宮野馨こと 石村吹雪

「つづく」ということ 

しろくま図書委員会は、最初に楽曲をたくさん作った(作り過ぎた?!)ため、なかなかお届けできないうたがたくさんあります。四季が関係する場合もありますし、そもそもライブ自体が『図書委員とぼく』という宮野くん目線のストーリーが主軸であり、セットリストはその展開にあわせて決まっていくからです。

ですが、この春はいままで、なかなかピックアップできなかった2曲を同時にお披露目できることになりました。その2曲とはずばり、「本の続きを生きる」と「物語のつづき」です。

それにしてもこの2曲、タイトルが似ていますよね。もし同じアルバムに入っていたら、「いやいや、ダメでしょこれは」と言われてもおかしくありません。「もう少し何か工夫できたんじゃないの」と。けれど、私にとって、「本の続きを生きる」ことと、「本=物語」の続き、は別物なのです。

「本の続きを生きる」の歌詞は、雨の日に書きました。バスに乗っている間に、どんどん雨足が強まり、大きめのかさをさして降りた人でさえ、足が濡れてしまっているのを見たときに、本を読んで強く影響を受けたシーンが重なったのです。

それに対して「物語のつづき」は、続きを読めると思っていたのに、突然、終わってしまった、そのときの気持ちをそのまま書いています。これは実際にあった出来事で、具体的には栗本薫さんの『グインサーガ』という作品のことをうたっています。『グインサーガ』は1979年(S54)に1巻目が出た、ヒロイックファンタジーです。当初、100巻で完結すると言われていたのですが、どんどん物語が膨らみ、130巻まで進んだ2009年(H21)、作者が病気でなくなってしまいました。私は高校時代からこの本を読み始めて、その後、ずっと、ずーっと、この物語を追い続けていました。新刊がでたらすぐに買ってその日のうちに読み、また、翌日から、続きを楽しみにしていました。私にとってその物語はもう一つの世界だったのです。

さて、しろくま図書委員会の物語は、どこまで続くでしょうか。「つづく」という言葉は希望でもあり、一方で物語が完結するのは、ひとつの夢でもあります。いまのところ、どうなるか未知数ですが、みなさんと一緒に「つづき」を楽しみながら、この先も進んでいきたいと思っています。

本に夢中なしろくま図書委員のあのここと 柏原はねみ

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「リーディング・ハートビート in Winter 〜冬はしろくまの季節です」 によせて(第10回 2月1日)

新しい年に、新しいステージへ 

毎度お集まりの皆さまにおかれましてはおそらく周知のことではありますが、われわれは新宿区若葉という町にかつてあった、ライブハウスと呼ぶには小さくて、照明もなんとなく暗くてほとんどの一見さんは驚いて二度と来ないけれども、慣れてしまうと妙にあったかい、食事の楽しめる四谷コタンというお店の出演者仲間でした。

少しだけ、昔話をさせてください。そのお店は、あんなに小さいけれども出演するためには、決して「合格者」の出ないオーディションがあり、三十分枠の中でいわゆるコピーやカバーは禁止。自分のオリジナル曲しか歌ってはならないというルールがありました。たいていの新人は曲も拙いので、修行として毎月、新曲を作って歌っていきます。お店はもちろん出演者もお客さんも情熱的で非常に高いプライドがある、不思議な店でした。

だからその時点で、選ばれた人にしか続けられないという自負はあるものの、決してとても今様とは言いがたい店にお客さん、というかお友達を呼び続けるのは実に困難な、苦行と言える活動でした。だからこそ、チケット十枚分という出演ノルマというものがありました。それは学生やアルバイトの人には厳しい事情になります。社会人ならたいした額ではありませんが、社会人はだんだんと自分の時間が作りづらくなります。それに、二十世紀はこういった活動は三十歳くらいを節目にやめる時代でした。

現に、お仕事や家庭の事情でやめる人、目指したプロを諦めると言って静かに去っていく人もありました。案外、ただやりたいからと誰しもが続けていけるものでもなかったと言えます。その一方で、そんなふうに足を洗うきっかけがないままずっと続けてきた人たちがあり、われわれはそれぞれ、その部類になります。

しかし続けた結果として、数十年という今までの期間に沢山の楽曲を作り続けました。それが駄作であろうと秀作であろうと問いません。お仕事を続けたことがある人ならわかるでしょう。何ごとかを何年何十年か続けたら、自分の中にそれなりの技量を蓄えると同時に、自分に対しても人に対しても作品に対しても、一定の厳しい見識が生まれます。アマチュアとは言え、ご来場の方からお金をいただくという負荷をかけながら自ら作った歌を歌い続けるわけですから、ある種職人的な物差しも固まっていきます。

そんな分厚いキャリアを重ねた上で、一番好きな「しろくま図書委員会」の歌は何かというお話を書きます。

僕が一番好きな「しろくま図書委員会」の歌は、「図書委員になりたい」です。理由は、すでに本好きな小学生が中学校に入ったら図書委員になるんだ、という夢と希望に満ちて元気に歌う歌があまりにも自然でリアル以上に仕上がったからです。ちなみに、僕がこの歌について注文をつけたのは、「第二第三希望も図書委員」「学級委員はごめんです」と歌って欲しかったこと。見事にそれを盛り込んで歌詞にしてくれたはねみさんに感謝です。僕がそれにメロディをつけたのは一昨年の一月で、ちょうど二年になります。とても緊張して迎えた、その三ヶ月後の最初のライブで歌ったきりです。なにせ物語を巻き戻さないとなりませんからね。

ところで、今回はこれを記しておかねばなりません。この二月でちょうど二周年になります「しろくま図書委員会」は、ついに跡形も無くなってしまった、四谷から曙橋へと続いたライブハウスのコタンの産物に他なりません。素人同然のわれわれが一生懸命、歌作りに精を出し、僕などは会社を辞めてまで若さと途方もない時間をかけられたのは、四谷コタンがあったからです。「しろくま図書委員会」はその結晶のひとつです。見た目の形を変えてそして場所を変えて、コタンはわれわれの歌う「ここ」にあり続けていくのだと考えています。「しろくま図書委員会」は、こう見えてまだまだ始まったばかりなのに魂のような、見えない何かを抱えているらしいよ。人は、失った直後から美化を始めるものかも知れません。

昨秋から曙橋のコタンで予定していた、本日のライブでした。急な年末の閉店宣言のせいで、年明け早々慌ただしくこのお店、「プレイヤーズ」に無理をいって貸切で使わせていただくことになりました。普段は、気楽にギターを弾き、歌いにくる人たちのお店なのです。しかも、たくさんギターが備わっていて、そのギターがどれもこれも滅茶苦茶に、いいんです。いいんですではわからないかも知れませんが、簡単に言えばギターの扱いに愛があるのです。荷物も減るから本当はそれらの中から使わせてもらおうと思ったくらいなのですが、はねみさんはちゃんと自分のギターを担いで来るというので、それに従いました。こんな自分ですみませんと思いました。あらためて、アコースティックフォークバー「プレイヤーズ」に御礼申し上げます。また、遊びに来ますのでよろしくお願いします。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

「リーディング・ハートビート」ができるまで  

今回のテーマソング「リーディング・ハートビート」は、ちょっと昭和チックで楽し気な、このタイトルから発想して作り始めました。楽しい歌詞ならすぐ書ける、とスマホにダーッと打ち込んでみたものの、あっさり挫折。書けば書くほど、「リーディング・ハートビート」って、何だろうという疑問がわいてきました。私は比較的、見てきたように詞を書くことに喜びを感じるタイプなので、この具体性に欠ける言葉では、得意な妄想もあっちこっちに散漫となり全然まとまらなかったのです。

とはいえ、そうのんびりもしていられません。11月中には書かなきゃ。うーん。まずは語感で適当に書いてみよう。ネットの直訳は「心拍数を読む」。いや、それじゃ医療行為だし。意訳すると「読む+鼓動」→「読むと、どきどきする」→「読むって楽しい」。・・・今までもだいぶ、そんな詞を書いたような気がする。世界観が同じとはいえ、あまりにも同じではいただけない。もう少し深掘りしてみよう。なぜ読むと楽しいのか。それは、まるで本が語りかけてくれたみたいに、よく読み取れたから? つまり、伏線に気づいたり、行間を読みとれたりしたってことかな? ならばそれはもう、読書家と言ってもいいよね。タイトルがカタカナだから・・・(検索検索・・・)、ブックラバー!  意訳すると、本の恋人。コレだっ。   

ということで、詞の1番の主人公は読み手、2番は本、ということになりました。そう、2番で「いつも呼んでいるよ」と言っているのは「本」なのです。そして、本好きな主人公とその本は、相棒よろしく、手をつないで物語の宇宙を飛び回り、メロディーは躍動し、転調が8回も繰り返されるという、立派な妄想ソングが完成したのです。

楽曲ができたら、次にやるべきは、動画づくりです。せっかくの壮大な曲ですから、「本好きな誰か」=「図書委員」と定義づけ、手持ちのくまたちを勢揃いさせてみました。最初の動画に登場したくますけや、3体のちびくまたち、しろくまのしろちゃんとぺんぎんのぺんくん、スポンジのしろくま合唱隊、お客さまからいただいた、可愛いしろくまさんたち、等々。さらに、高校時代に友達が手作りしてくれたテディベアも記念に並べてみました。

こうしてなんとか無事、YouTube公開にこぎつけました。ライブのテーマソングはこのようにして毎回、事前配信しています。ぜひライブ前、ライブ中、そしてそのあとも、一緒にうたって楽しんでいただけたら幸いです。

しろくま図書委員のあのこ こと 柏原はねみ

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「Bar愛読書綺譚」 によせて(第9回 11月3日)

しろくま図書委員会とは。

ちょうど二年前の今日の時点で「しろくま図書 委員会」などという言葉はまだありませんでした。 本日のプログラム中、かろうじてこの世に存在し たのは「本が好き」といううたと「秋のしおり」とい ううただけだったと思います。

特にあてもなくそれらを作った我々は、お互い で自画自賛をしました。もうなかなか、褒めてもら うことのない年ごろですから。しかし、その自画自 賛の勢いで、まるで幼馴染かつ部活の同級生が 再会したかのように、当然共有したはずもない空 想上の「あの頃」を、はしゃぎながら再構成して来 てみました。

実際にあったわけではない、だけどこの世のど こかにはあったに違いない、或いは、あったらいい な、そんな人たちがいたとしたら愉快だよね、若葉 第一中学校なんて、ほんとにどこかにありそうとか 言いながら、数えてみたらもう六十曲を超えてしま っているようです。

柏原はねみが送り込んできた「あの季節の図 書室に」という詩を読んだ時に、ふざけ半分の思 いつきで走り出したこの企画が、思いの外おおき なものを包含していくのを感じた頃には、「しろく ま図書委員会」という名前は生まれていたでしょ うか。去年のことなのに早くも思い出せません。

臆面もなく思い出せません、と記すところあたり からも、もしかしたらすでにお気づきの方もあるか もしれません。携帯電話はおろか留守番電話だっ てなかった中学生のころ、夜はとても長く寂しいも ので、夏休みは永遠につづくように思えたし、まさ か卒業して本当に二度と会えない人がいるなん て想像もできなかった、あのころを知っている人た ち。しろくま図書委員会で作っている歌たちのター ゲットは、曲調も含めて同年代以上の皆さんで す。思い返せば初々しいというよりも恥ずかしい、 だけど確かに、美しいのです。

そんな企画に、今回は一回りも二回りも年下 のピアノを弾くシンガー、イシヅヤシンくんに参加 してもらいました。しかも今日はご自身の持ち歌 ではなく、こちらで用意した曲を歌え、弾け、そこ はアドリブだ、と言いたい放題の要求に応えさせ られています。昭和のことなんか知らないだろう に。どうか皆さん、彼の曲も聴いてみてください。 あ、ここは通常、CD をお買い上げくださいと書く べきだったのです。お買い上げください。たとえお 買い上げしなくても検索すると聴くことができる 時代だとしても、お買い上げください。ごめんくだ さい。われわれは、言い続けなくてはならないの です。お買い上げください。と。

さてさて。最後になりますが、本日完成及び発 表にこぎつけたのが、「どうしたらきみと話せたん だろう」という一枚目のアルバムです。アルバムと 言いながら冊子になっていて、歌詞カードを兼ね てはいるもののそれ以上に活字があるしろもの です。

誰に説明するのもまどろっこしくて苦心してき た「しろくま図書委員会」の世界を、ようやく「読 んだらなんとなくわかる形」にしてみました。お買 い上げください。ちなみに二枚目のタイトルも決 まっています。「どうしてきみはみみをつけていた んだろう」です。おもいのほか今後が、楽しみだと 思いませんか? 未来が楽しみであることに、ぼく は今日も感謝をしています。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

「みみもん」ができたわけ

中学生の頃、どんな落書きをしていました か? 私は「しろくま図書委員会」を始めてし ばらくした頃、棚の奥から、中学の生徒手帳や 修学旅行記なるものを発掘し、おそるおそる開 いてみました。生徒手帳はきれいなままでした が、修学旅行記のほうは、奈良の鹿の絵を一 生懸命かいたりしていました。そんなこと、まっ たく覚えていませんでしたが、落書きでひとつ だけ記憶にあるのは、ノートに「いつか月に行 きたい」と書いていたことです。

さて、図書委員のあのこは、どんな落書きを するでしょうか。この『図書委員とぼく』の楽曲 づくりがスタートした頃のあのこと言えば、地味 で目立たない読書好きの女の子、という設定 でした。しかし、歌詞を連ねるうち、あのこの内 面はどんどん成長し、「妄想モンスター」という 曲では、授業中、たくさん落書きをしてる子に なっていました。何を書いていたかって? まず は読みかけの物語の登場人物なんか、描いた りするでしょう。委員会活動にも夢中なので、 手描きのポスターとか「図書室だより」の挿絵 とか、いろいろ描く必要があったに違いありま せん。そして、あのこは、ふと気づくのです。

「図」ってよく見たら、なんか顔みたいだな。 「メ」は口みたいだし、点々をちょっと丸くしたら 目みたい。あ、これ、委員会のポスターに使えそ う。でもなんか「メ」が不満げにみえて、可愛く ないな・・。そうだ、みみをつけてみたらどうだろ う。うん、うん、いいかも。名前は? ちょっと化け 物っぽいから、みみばけ? いや、それじゃ可愛 くないな。そうだ、みみのあるモンスターで「み みもん」はどうかな。うん、可愛い! よし、きみは 「みみもん」に決定!

・・・というわけで、この度「みみもん」が爆誕 しました。原型は 2023 年夏に配信した YouTube 動画ですでに登場しています。ぜひ チェックしてみてください。

このように、『図書委員とぼく』は細かすぎる 想像や記憶から成り立っています。みなさんも 束の間中学生に戻って、一緒に楽しんでいた だけたらうれしいです。そして、あなたの記憶や 物語も私たちに教えてください。

しろくま図書委員のあのこ こと 柏原はねみ

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「しろくまアワー♪」始まるよ によせて(第8回 8月10日)

消しゴムをころがすということ

もう、お気づきの方は多いと思います。しろくま図書委員会の物語を進めているのは、図書委員に夢中な男の子の方です。図書委員のあのこは、ただただいつも本に夢中です。

図書室でしか見かけないがために、どこのクラスか分からなかったあのこが、実は自分の真後ろの席にいたのだという設定にしたら、宮野くんという男の子をとぼけたキャラクターとして描けるのではないかと思いました。

真後ろに座るあのこと教室で話すきっかけはなかなか簡単には作れません。奥手な彼にできそうなプランは、ただ一つ。落とした消しゴムを拾ってもらって、「ありがとう」と言うこと。しかも、シナリオはそこまでしか浮かばないのです。それでも、自ら話すきっかけを探している彼を我々は応援しましょう。

しかし、果たして消しゴムというもの、思った通り狙い通りにあのこのもとへ転がってくれるのだろうかと思い至ったときに、この歌は生まれました。そう。きっとそんな簡単に狙ったところへは転がらないはずです。「ころがる消しゴムはきっと、ままならない」。中学生の宮野くんには、ままならないことを存分に体験してもらうのが、このお話のテーマでもありますから。

そこで、どれくらいままならないのか実際に検証してみようと思い立ちました。四角い消しゴムを考えもなしに何度か落としてみたところ、まず、消しゴムの角が床に接する瞬間の角度はほぼ一定になりません。つまり、よほどぴったりと床面と消しゴムの面が合わさった状態で落ちない限り、ほとんどの場合は、角とぶつかって勢いよく予測不能の方角へ跳ねていきます。

まさに制御不能。

そう。たいていの物事は準備なしにはうまく運ばないのです。消しゴムは、意図しない方角へばらついてしまいます。そこで人は考えるのです。どうしたら望む方角にこと(ここでは消しゴムです)を進められるかと。

消しゴムの角のせいで、どこに向かってどれだけ跳ねるか分からないのであれば、角をとって丸く球形にしてしまえばいいはずです。ちょうど、野球のボールのように。

野球のボールのようであれば、回転をつければ意図した方角へいとも簡単に転がってくれるはずです。角ばっているからこそ、最初の接地のみならず、二、三度目の接地でさらに予測不能であったものが、ボールのようなら、目ざす方角へ転がせる、という仮説が立ちます。

しかし、真の球形にしてしまうのは意外に簡単ではないこと、そして、真の球形にしてしまったら今度は、昭和時代のスーパーボールの如く、あのこの席からさらに遠くまで転がってしまうことが想像できました。だから数回跳ねたら止まるように、角を取るのもほどほどにするべきだと気が付きました。

そして定点でカメラを据え、できるだけ同じ場所に同じように消しゴムを落としていくという実験を始めました。ここまで考えて消しゴムを落としてみた結果が、下図です。すると、少し角がとれた消しゴムは、大きく弾んでどこかあらぬ方向へ行ってしまうことは減りました。程よくばらつくのは変わりないものの、さほど遠くないところで止まるようです。つまり、どの方角へも跳びすぎず転がり方は平均的になった、といえます。

この結果を見てふと思いました。使いかけの角ばった消しゴムが体現していたのは、中学生らしい若さと成り行きに任せた荒削りな勢いなのではないか。角をおとした消しゴムは、確かに、本来の目的に叶うべく、わざとらしくなく自然に転がってあの子の足下にとどまり拾ってもらえる、まさにシナリオ通りの大成功を思わせます。しかし、あえてこのような書き方をしたように、意外性もなくびっくりするほどさりげなくてスマートである様子は、始まったばかりの青春期には相応しくない気がします。

この実験を通じて、意外なことに気がつきました。実は、消しゴムを削って丸くする時点から、物事を人に迷惑をかけず上手に成功させようと配慮する大人の思考に向かい始めていたのだと。知らず知らずそんな思考をベースにして、無鉄砲であったはずの中学生の気持ちの歌を作ろうとしていたのです。

音楽は自由です。創作も自由です。だからこそ、不要な思慮もほどほどに。でも、こすって消しゴムを丸くする発想は、自分の中に残るおさなさの体現に違いないので、許すことにします。もう、作ってしまったのだし。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

「しろくまアワ♪~盆踊りバージョン」によせて 

夏の風景といったら、何を思い浮かべますか?

私は子どもの頃、どうにも心が浮き立ってしまうのが、近くの神社のお祭りでした。境内へつづく参道へ入ると途端に始まる夢の世界。昨日まではなかった、にぎやかな露店がいくつもいくつも連なって夜道にきらめいています。

金魚すくいに、大きなわたあめ、色とりどりの水ふうせんに、何回やっても失敗するお菓子の型抜き。人気アニメのお面や輪投げ、おもちゃのくじ引きみたいなものもあったっけ。どのお店もブーンというモーターの音がして、活気と熱気にあふれ、大きな鉄板の上では、焼きそばやお好み焼きが次々と完成していきます。りんご飴、チョコバナナ、そして、必ず買ってもらっていた大好きなべっこう飴。

いちいちお店をのぞきながら進んでいくと、だんだんと笛や太鼓の音が聞こえてきます。するともう、なんだか小走りになり、メロディを口ずさみながら、輪の中に入ります。そして、知っている曲はそれなりに、知らない曲は、見よう見まねで踊る。一曲終わると、次は何かな何かなと心躍らせたものでした。

今回のライブタイトルである「しろくまアワー♪」は、1 年目の夏のテーマソング「しろくまサマー♪」、冬の「ハッピーしろくまイヤー♪」に連なる楽曲です。そして、お察しの通り、「サマー、イヤーと来たからには、アワーかな?」という、ただそれだけの発想でタイトルを決め、それありきで歌詞をかき、曲をつけてもらいました。相変わらず、かわいいメロディで曲があがってきて、聴き終えた最初の感想は、「ぱぱんがぱん、でなんか踊れそう!!」でした。

そこから、いっそのこと、8 月の YouTube 配信は、お祭り風にしようということになり、「しろくまアワー♪~盆踊りバージョン」が爆誕したわけです。聴くたびになんとも懐かしく、一気に、夏祭りの風景が蘇る仕上がりとなりました。そして、歌の内容とは関係ないアレンジになると思いきや、実は図書室のイベントはあのこにとってお祭りのようなもの、ある意味、リンクしていたんだと後から気づきました。

ライブでは原曲を、YouTube ではお祭りバージョンを、お楽しみいただけたら幸いです。そして、ぜひみなさんの心にある夏の風景も、教えてください。

「しろくま図書委員」こと柏原はねみ

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しろくま図書委員会の春学期’24 によせて(第6回 4月27日)

宮野プランについて

しろくま図書委員会の物語は、「図書委員のあのこが気になる宮野くん」の、妄想と独白の物語です。当初から、二人を表すキャラクーは南極在住のペンギンと北極在住のしろくまという、決して交わることがかなわない文字通り対極の存在です。

交わらないのに、物語になんかなるわけないじゃん。

いえいえ。皆さんにもご経験がありましょう。どんなに気になっても、決して接点がなかった人。作りたくてもきっかけがないまま、時だけが過ぎて行った苦いお話は、決して珍しくありません。

まして、主人公は中学生です。何においても経験不足です。ものごとは自分が思った通りには運ばないものである、という真理を体験で知っていく最中、いや、その道はまだはじまったばかりです。何をやらかしてもいいし、たとえおおいに傷ついたって、後年笑い話になるだけです。

しろくま図書委員会は、去年始まったばかりです。まだまだ初めて聴く人がほとんどです。なのに、物語はたとえ遅々としていても確実に進んで参ります。いちいち毎回最初から説明をしていると、ライブの持ち時間がいくらあっても足りません。なので、これまでに宮野くんが企てたアプローチ、言わば「宮野プラン」の数々を紙面の許す限り連ねておきます。

宮野プランその1。あのこの存在を確認するために、図書室に潜入します。実は、対極にいるというだけあって宮野くんは本とは馴染まない生活をしています。だから、図書室なんて偶然見つけただけだし、一般生徒が入っていいのか分からないし、もちろん、本の借り方なんて知らないし、返し方なんて知るはずもありません。

そんな彼が最初に企てたのは、とにかく図書室に潜入することでした。ちなみにこの模様は「はじめまして」という歌に描かれています。

宮野プランその2。とにかく本を借りてみようと思います。当然、貸し出しカウンターに行けば、あのこにも会えますから。でも、そんな勇気はなかなか湧きません。そもそも、本の借り方を知らないのです。作品の中では便宜上、「貸出カード」という言葉を使っていますが、本当のことを言えば、その存在も知りません。なので、物語の中ではまだ図書室で本を借りるには至っていません。あくまでも思っただけです。この模様は、「もしも借りたら」という歌に描かれています。

宮野プランその3。消しゴムを落としてみます。図書委員のあのこは図書室以外では全然存在が目立たなくて、どこの教室にいるのかすら分からないなと思っていました。この様子は「どこにいるのか分からない」に描いてあります。ある日、宮野くんは教室の自分の席で落とした消しゴムを拾ってくれたその子が、まさかの「図書委員のあのこ」だったことに気がつきます。真後ろだったから気がつかなかったのですね。そこで、あらためて消しゴムを転がそうとしますが、消しゴムは決して彼女のいる方角へは転がってくれません。「ころがる消しゴムのように」で、その模様は描かれています。

宮野プランその4。立ち寄りそうなところへさきまわり。ある年に、隣町にあった区立図書館が老朽化のために彼らの学区内に新設され、秋に開館することになりました。宮野くんはその情報を町会の回覧板で知り、きっとあの子はオープン初日に来るに違いないと踏んで、さきまわりしてやろうと目論みます。あの子の来そうな本棚のあたりをみつけて、その近くに行っていれば、あの子は明らかに場違いなぼくの存在に驚いて、何かしらきっかけが作れるんじゃないだろうかと企みます。「さきまわり」という歌の中にこの様子は詳しく歌われています。

宮野プランその5。本を借りる方法は、近所の図書館で覚えました。本来なら本の借り方なんて、図書委員のあの子そのものに、尋ねればいいのに(「私は誰より図書委員」を聴いて下さい)、まあそんな格好のつかないことは出来ないわけです。とにかく、あの子のおすすめ世界の詩集(「秋のしおり」という歌にあります)を読むべく、とりあえず薄めの、簡単に読めそうな詩集を借りて読んでみました。すると、意外にも行間は空いてるし、妙に余白は多いし、サラーっと読めました。そうか、あの子はこういうものが好きなのかでも、これなら自分でも書けるかも、と詩を書いてみました。あの子がお勧めしているだけで、好きなのかどうかは分からないまま。そして得意満面、そのメモ(「野球日和」という詩を書きました)を図書室の、世界の詩集、に挟んでおくのでした。それまでの、ほとんどが想像止まりだったところから見れば、大いなる進歩進展です。きっとあの子はこの紙切れに気がついて、次に会った時に話しかけてくれるに違いないという目論見です。誰もが思うことでしょう。自分から話しかければいいのにと。でも、それが出来ない年ごろを選んで、設定しているわけです。

ここまで読まれたあなたに、質問です。あなたはどんなプランをかつて、持っていましたか?あるいは実行しましたか?もしもよろしければ、お聞かせください。決して誰にも言いません。その代わり、歌にしますけれども。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

登場人物がふえました 

しろくま図書委員会は2年目の春を迎えました。相変わらず、お話の舞台は、若葉第一中学校です。1年目につづられたお話は、概ね、宮野くんの視点からでした。

ですが、当然、学校にはたくさんの生徒がいます。ぼくが直接、見ていない場所でも、日々さまざまな出来事が起こっているわけです。若葉第一中学校を舞台に、歌詞をかけばかくほど、ありありと妄想すればするほど、いろいろな景色やキャラクターが現れてくるのです。

それはもちろん、かつて自分が過ごした、ごくありふれた中学校のしんと静まり返った廊下や、決して広くない図書室、教室で聞いた校内放送、全員が仲良しとはいえない教室の風景までもが重なって見えているに違いありません。ですが、それもまた、さまざまに形を変えて、詞になっていきます。

とどのつまり、楽曲づくり上、もう、ぼくとあのこ以外の登場人物について、避けて通れなくなってきました。というか、書きたくなってしまいました。本日のライブでは、のべ4人の人物が登場します。たいした説明もなしに登場しますが、ぜひみなさんの想像力で、どんな子が登場したのか温かい目で見て聴いていただけたら、と思います。

さらに。登場人物といえば、なにより、この世界を一緒に楽しんでくださる皆さまが欠かせません。ありがとうございます。今回はお店の計らいで、「みみつき特典」を実施させていただきました! つける人もそうでない人も、お祭りの縁日のように、この世界を楽しんでもらえたらなあと思っています。

余談ですが、なにより、私自身、みみ好きです。動物のみみ、かわいいじゃないですか! 子どもの頃は、みみやしっぽに妙に憧れてました。ちなみに、動物園にいる生き物で、最も好きなのは、レッサーパンダです。

本来ならここで「しろくま」です、というべきなのかも知れませんが、それはそれ、これはこれです。それをいうなら、しろくま図書委員会以前、私のトレードマークは、当然のように、うさぎさんでした。もちろん名前由来です。しかも漢字表記だと、うさぎを数えるときの数詞も入っちゃってますから(笑)。

お話の中でも、ライブでも、ますます登場人物が増えますように。いつもそう願っています。

「しろくま図書委員」こと柏原はねみ

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ハッピーしろくまイヤー♪ によせて(第5回 1月27日)

もう新譜なんて呼ばない。愛すべき作品たちの2024年

しろくま図書委員会として春、夏、秋、そして冬、を迎えました。ライブは今回が五回目です。この五回で演奏したのはのべ83曲。曲目数は43曲です。選曲会議では、名刺大の紙に曲名を書いてテーブルに並べます。当然会議ですからああでもないこうでもない、というやりとりがあります。

基本は季節の歌を選びますから、四季で割れば10曲ちょっとずつであり、もしもしろくま図書委員会が季節の歌だけを歌うのであれば、年に四回、ほぼ迷わなくて済みます。しかし主題からいえば頼るのは季節カテゴリではなく、その一、図書委員の内なる情熱、その二、図書委員に夢中な男の子の内なる情熱、の二系統の組み合わせということになります。

あるいは、物語としては小学校中学校一年二年三年その他、といった時系列でも分類設定されています。また、物語の流れと関係なく純粋に本のことを称えている作品群や図書委員のあの子をめぐる煩悶の作品群、とはまた別に物語の進行を担う作品群、というものがあります。

このように、当然のことながら属性は入り乱れており、もはやパズルの如し。五回目を迎え、今回の選曲会議は紛糾しました。絶対に、私は誰より図書委員を推すべきです。ミラクルレビュー☆ブックレビューが好きです。図書委員なら常時、絶対禁止を歌うべきです。世界は図書室から始まるべきです。云々。しかし、昨年しろくまと名乗る前から作っていた楽曲を優先することにしました。すると、我々ただただやりたいという曲は後回しになります。

こんな混乱が生じる理由は、簡単です。ラベリングが足りないのです。具体的にいえば、楽曲を物語単位で編集していないからです。そう。これだけ楽曲を作って来ていながら、いわゆるアルバム制作をしていないのです。

しろくま図書委員会のCDはAmazonでも買えないけれど、図書館に行くと借りられるよ。という作戦も思いつきました。しかし、残念ながら時間とお金をあかせるほど、人生に余裕のある方ではありません。経費は回収したいのです。図書館に買っていただけるはずもありません。

長年スタンダードであったCDという媒体も製造原価が暴落していて作るのは簡単です。しかしここで問題なのは、製造原価ではありません。皆さんのリスニング環境が変わり果てたということです。すなわちCDをみんなもう買わないどころか、下手をすればCDプレイヤーをお持ちでないのです。

つまり、CDでは経費回収も覚束ないがために、我々の愛すべき作品たちは無造作に作りっぱなしにして、気がついたら忘れられている存在になりかねません。厄介なことに、楽曲作りのキャリアが三十年を超えてくると、ほとんどの作品が「それなりにいい」というレベルに落ち着いていきます。ゆえに、捨てることもできないのです。

というわけで、われわれの作品集はCDという形ではなく、図書委員会らしく、本、書籍、とまで行けなくても小冊子という形にきっとおさまることでしょう。新譜でるよ。という言い方にも飽きたってことにしましょう。新刊出るよ。とか。もう、どんな冗談だって許される年頃です。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

しろくま劇場の名優たち

いまや老若男女問わず、手軽に楽しむことができるYouTube。誰でも親しみやすく、うたいやすい楽曲づくりをめざす、しろくま図書委員会にとってはうってつけの媒体です。

現在、しろくま図書委員会の動画は17本、うち、10本はくま型スピーカーの「くますけ」が担当しています。自身から流れ出る音に反応して、ヘッドフォンをした頭を左右に動かす様子は、可愛い、のなにものでもありません。

くますけとの出会いは、かれこれ7、8年前になるでしょうか。横浜のとあるお店の前を通りかかったとき、店内でノリノリに踊っている彼を見つけ、思わずかけよったのを今でも覚えています。しかし、一つ難点がありました。いざ自宅でつないでみたら、その動きを再現するには、かなりの音量が必要だったのです。いつしか、くますけはただのぬいぐるみとなっていました。しかし昨年春、転機が訪れます。しろくま図書委員会の発足、そしてライブ音源のYouTube配信。その時、ふと、くますけを見たら、なんと、しろくまではありませんか!それまでは、くまという認識でしたが、どうみても、しろくまです。きっとくますけは、この日のために、ここにいてくれたに違いありません。あの日の出会いに感謝です。

残り7本の動画のうち4本は、背丈10cmくらいの小さなくまの人形たちが担当しています。

最初に作った「しろくまサマー♪」担当の、ちびくまとの出会いは、かなり古く、記憶が定かではありませんが、クリスマスの絵が描かれたマグカップに添えられていたのは確かです。しかしカップは、クリスマスシーズンしか出番がなく、やがて使わなくなってしまいました。ところが、彼女にも転機が訪れます。しろくま図書委員会のポスター&動画制作。ふと、小さなくまを持っていた気がする、あれは何色だったかなと箱を開けたら、ちゃんとカップの中にいてくれました。どう見てもしろくまです。今や、つぶらな瞳がきらきら輝く立派なメインキャストとなってくれました。ずっと待っていてくれて感謝です。

その後、相方が必要だなあ、・・・あ、コーヒーの福袋にいたかも、と探したところ、茶色のちびくまくんが現れました。日焼けしたようなその姿、野球少年のぼくを演じるのにぴったりです。スタンバイ感謝!さらに、「ハッピーしろくまイヤー♪」の楽曲制作をしていた先月、大掃除の最中に現れたのは紫色のちびくまさん。もはや探す前に出てきてくれました。重ねて感謝。こうしてちびくま劇場には、3名の名優が揃ったという訳です。

ほかにも、Bihinz(ビヒンズ)という素敵なユニットの動画もあるのですが、そのお話はまたの機会に。今年は配信にも力を入れていきますので、これからもぜひ、くまたちの活躍をお楽しみいただけたらうれしいです。

「しろくま図書委員」こと柏原はねみ

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プレ第77回読書週間 によせて(第3回 10月14日)

図書館へつづく道は、図書館につづく道とは別のお話

今年八月の第二回しろくま宣言ののちのソロライブでは、八月に「さきまわり」という歌を、歌ってきました。一月から毎月ずっと月に三曲でしたからそれに比べペースダウンさせたのは、図書委員に夢中なぼくの歌はそもそも、物語のあらすじの役割です。しろくま図書委員会自体はまだ今回ようやく三回目で、物語自体はさほど進んでいません。いくらソロライブだからと、いつまでもひとりで暴走するのも滑稽です。

駅前から広がる商店街の街灯にぶら下がっている旗にはだいたい、「セール」の文字がイラストとともに描かれていたりします。あるいは、気がつかなかったけれども季節ごとに多様に切り替わっているものかもしれません。あ、これは空想ではなくて現実に今僕の住んでいるまちの話です。その旗にある時、「図書館へつづく道」という素敵な言葉が書いてあることに気がつきました。読み捨てならないではありませんか。何せこちらはこの春から、しろくま図書委員会を名乗っている身ですもの。

しかしそこで改めて調べてみたところによれば、2021年の春、隣町から図書館が移転して来たのでした。軽く二年が既に過ぎていたことに、気がつきませんでした。いえ、本当は知っていました。ちょうど建設の頃と思しき2020年ごろ、あの疫病禍に通勤電車を避けて自転車通勤をしていたので、建設現場脇もよく走っていました。しかし、当然オープンしても気がつかなかったし足を運んだことはありませんでした。とてもとても、本を愛する図書委員会の一員を名乗るにはかなり相応しくないことを、痛感、いえ改めて確認しました。

でも、振り向けばこの一年あまり、「本と図書委員とそれが気になるぼく」について歌の創作という角度から日々考えて来たおかげで、「図書館が僕たちの街へやって来た」という事実をもとに、「図書委員のあの子に夢中の宮野くんが、読書はいまだに馴染めないけれども、移転してくる図書館に入って、きっと彼女が来るだろう棚にさきまわりする」といったわくわくする妄想に至りました。やっぱり人間、なんでもやってみるものです。

本来の舞台であった学校の図書室を離れ、学校がお休みでも開いている図書館を絡めたお話を思いつくままにさせていただいたところ、われらが図書委員こと柏原はねみは、「図書館へつづく道」というタイトルで、私編、ぼく編の二つの視点から歌詞を書いてくれました。今回のライブは、私編で締めます。ぼく編は、来月にとっておきます。読書の秋に、どんな歌を作ろうかと当初は迷ったのですが、秋の風景に馴染む素敵な歌ができました。

この長くて厳しい夏の盛りに、件の図書館へ自宅から歩いてみました。汗びっしょりで飛び込んだ図書館は真っ白い壁もまだまだ新しい匂いがしていて何よりもとても涼しく、思わずわーっと口走ってしまいました。どこか座れるところはないかと期待をして足を踏み込んだところ、そこには静かに本を読む人たちがどっしりと厳かに、もう何時間も前からすべての椅子を埋めている雰囲気でした。何この人口密度。ここは静かなる渋谷ですか?図書館ってそんな不思議なところだったのですね。声を出したのが入り口ロビーでよかったです。これが図書文化圏外に生きて来た者の、はばかりのない感想でした。

しろくま図書委員会の活動が、素朴な物語を通じて、デジタル媒体に日和らず、歴史をも記録して来た紙媒体の偉大さを訴える一翼たれば、存在として美しいなと考えています。がしかし本当は、僕自身が二十代に夢中になったほんのいっときを除いてとても、本好きを名乗るのはおこがましい、という不安と毎日たたかっています。誰も知らない気にしない、孤独なたたかいです。とはいえ、このあともちろん冬へと物語というか場面は移り変わります。皆さんどうかお付き合いください。十一月は場所を赤羽の飲み放題のビストロに移して、物語のおさらいをしようと計画していますので、ご予約は、お早めにお願いいたします。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

図書室と図書館と私の関係

私の父は編集者でした。家には本がたくさんあり、原稿のゲラや赤ペン、そして読書は日常風景でした。さらに、私の通っていた小学校は、隣に図書館があり、二つの敷地の間には、歩道橋がかかっていたのです。私は、学校の図書室でも、となりの図書館でも、本を借りることができるという、恵まれた環境で育ちました。

いまでもよく覚えています。よくヒキガエルが来ていた小学校の裏側からのびるコンクリートの階段。学校が終わったら、その階段を駆け上がって、そして駆け下りて、少し重い図書館の扉を開けます。左は児童コーナー、右は一般。明るくにぎやかな左側とはうってかわって、右側はシンと冷たく静まりかえり、少し怖いくらいでした。人はいるけれど、声を出す人は一人もいません。足音さえ立ててはいけないような気持ちで、そっと書架を何度も往復していました。

最近は、図書館で一度に借りられる本がとても多くなりましたが、私が子どものころはまだ、それほど多くありませんでした。私は、続き物の本を読み始めると、一気に読みたい派だったので、最初に、その棚に全巻そろっているか確認していました。そして読み始めるわけですが、一度に全部を借りていくことはできませんから、途中でほかの人が借りてしまわないか、心配になったものです。読み終わった本を返して、続きの本を借りにいくときは、焦燥感すらありました。あの棚のあの本。続きはちゃんとあるかな。誰にも借りられていませんように、と。

ひたすら図書室の歌詞を書きまくっていた、夏ごろ、宮野くんこと、石村吹雪さんから「図書館へつづく道」という旗があるんだ、という話を聞いたとき、まっさきに思い出したのは、その焦燥感でした。そして、それほどまでに本に夢中だった、本が好きだったあの時間は、実はとてもかけがえのない瞬間だったんじゃないか、振り返ってみると、とてもステキな一瞬だったんじゃないかと思えて、そんな風景を詞に書いておこうと思いました。結果として、図書委員のあのこは、図書室を飛び出してしまったわけですが、そんな「図書館へつづく道-私編」を見てきたかのように曲にした吹雪さんには、今回もとても驚かされました。大人になるまで、図書館に入ったことがない、なんていっていたのに、いつもながら不思議です。

しろくま図書委員会の楽曲は、9月19日時点で51曲となりました。さらに、「図書委員とぼく」以外のうたが13曲。さすがに、いったん、作詞作曲のペースを落として、ライブと配信に力を入れていこうということになりました。得意の作詞作曲以外は、もしかしたら、とてもスローペースなのかもしれませんし、結局また作ってしまうのかもしれませんが、新曲はまだまだたくさんあります。情報は、公式ホームページや、「X(旧Twitter)」などで公開していきますので、今後ともご期待、ご贔屓にしていただけますと有難いです。

 

「しろくま図書委員」こと柏原はねみ

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「しろくまサマー♪」へいらっしゃい によせて(第2回 8月5日)

石畳に気をつけて  宮野馨

今年は、四月八日の第一回しろくま宣言に至る初春から三月までの間に「図書委員のあのこに夢中なぼく」のうたを、ソロライブのステージで十曲も、歌っていました。

その後もしろくま図書委員会は差し置いて、四月は「踊り場でシャドウ」「ぼくの宿題」、五月は「ねてもさめても図書委員」「きみと話せる本」「雨降り図書室」、六月は「きみは考えない」、七月は「きみも夏になる」と、合計七曲、継続して新しいうたを繰り出して歌って参りました。

タイトルだけでお分かりいただけましょう。図書委員のあのこに夢中の宮野くんはあれから、本を見るだけで図書委員のあのこを思い出すくらい夢中ですが、春から夏に至っても、とてもとても普通に会話ができる仲にまでなってはいなさそうです。きっと図書室で本を借りてみるなど、読書習慣を得るまでは至っていないのでしょう。

悶々と、いやそうは言っても野球に熱中している健康で素朴な子です。ただただ、本を読む楽しさを知らないばかりに、気後れをしているのです。そんな彼は彼なりに、どうしても会話のきっかけすら掴めない自分に失望したり、何かを諦めてみたりの忙しい毎日のまま、夏休みを迎えてしまっています。

本日のしろくま図書委員会でも、夏の盛りだろうが構わず、ひたすら本の世界の中を楽しく生きる図書委員さん。それをやっぱり遠目に眺めるぼく、の距離感をお楽しみいただければと思います。

ちなみに春学期では「図書委員になりたい」という曲をテーマに据えていましたが、この夏のテーマは「妄想モンスター」です。しろくま図書委員会においては、「図書委員のあのこに夢中だけど話をするどころか名前を呼ぶことも出来ないぼく」ではなく、「図書委員のあのこの地味ながら本のおかげでそれなりに充実した楽しい日常のお話」、が常に主題です。

ところでその「妄想モンスター」という言葉は、ホームページにおいて図書委員たる者のご紹介に使用した言葉です。そのたったの一語を見事に歌詞に膨らませた柏原はねみの妄想力に僕は心底、してやられたと思いました。皆さんはどう思われるか分かりませんが、「石畳に気をつけて」という歌詞の一行に僕は平伏し、挑むように曲をつけてみました。

またその楽曲「妄想モンスター」は、直前にYouTubeチャンネルにアップロードして音源を公開しています。ついでに、春ライブでご好評いただきました「すれちがいの図書室」もあります。もちろん本日の表題曲「しろくまサマー♪」も聴けます。ぜひとも、一度はアクセスしてお聴きください。僕たちいい歳してそれなりに頑張っています。

二〇二三年、来る読書の秋にすこしでも、「図書委員のあのこに夢中なぼく」に素敵な進展らしい進展がありますことを、陰に日向に願うばかりです。そして、また皆さんとお会いできますように。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

「しろくまサマー♪」ってなに? しろくま図書委員

しろくま図書委員会ライブの台本は、つねに石村吹雪さんの書下ろしです。今回、第1案としていただいた台本のタイトルは「しろくま図書委員会の夏休み」でした。

みなさんは子どもの頃、どんな夏休みを過ごしていましたか?  約40日もの長いお休み。私はまず読書でした。朝から思う存分、本が読めるなんて、楽しいに決まっています。初めに課題図書や図書館から借りてきた本を読みます。そして、読み終わったらまた図書館へ行きます。宿題なんてそっちのけ。ときどきプールに行ったり、部活に行ったりしたこともあったでしょう。ですが、いつでも私は本の虫でした。

そんな夏休みのあれこれを思い出しながら、一方で、この物語の中の若葉第一中学校・しろくま図書委員たちは、何をするだろうと考えました。春ライブの段階で、すでに、本至上主義の様相を呈していた、しろくま図書委員たち。夏休みだって、図書委員であることを片時も忘れないにちがいありません。そんな楽しい想像から生まれたのが本日1曲目の「夏のしろくま行進曲」です。

その歌の中で、しろくま図書委員は「課題図書のご案内」をつくり、夏休み中も「図書室を開放する」と言い出しました。ならば恐らく、ただ図書室を開放するだけではなく、夏ならではの本の展示コーナーを作るはずです。暑い夏、図書室で楽しんでもらいたい本といったら、・・・北極や南極の本かな? しろくまだけに。

すると、その展示のタイトルは「しろくまサマー♪」だよね? そうだ、せっかくだからポスターもつくろう。しろくまは、暑いところにはいない生き物だけど、それはそれ、これはこれだよね?  と、しろくま図書委員たちの声が聞こえてきます。ああ、そこまで見えてしまったら、もう、書かずにはいられません。こうして、私が見聞きしたことをまとめて書いたのが、「しろくまサマー♪」です。つまり、今回の「しろくまサマー♪」を歌詞にしてお渡ししたのは、ライブ台本ができた後だったのです。

しかし、前回のコラムにも書きましたが、とにかく石村吹雪さんの作曲はいつも、想像以上にすごいのです。台本から勝手につくりだしてしまった歌詞でしたが、あっという間に、可愛くて元気いっぱいな曲があがってきました。どうしてそんなにぴったりの曲が作れるのか、いまだに謎です。さらにアレンジも録音もおこなって、YouTubeにて配信するという運びとなりました。そのうえ、ライブ台本も新たに書き換え、本日の「しろくまサマー♪」へいらっしゃい、となった次第です。

しろくま図書委員会の創作は、こんなふうに進んでいます。あの教室、あの図書室から、きっとまた、たくさんの歌詞がやってくることでしょう。私は耳を澄まして、ココロを開いて、それを受け止め、書き続ける所存です。みなさんにきっと楽しんでいただけると信じて。

 

「しろくま図書委員」こと柏原はねみ

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しろくま図書委員会の春学期によせて(第1回 4月8日)

しろくま宣言にむかって。  宮野馨

今年に入り、「図書委員がすきな中学生のぼく」という設定のうたを、次々とライブハウスで歌ってまいりました。

一月には、「本はにがて」「冬のひだまり」「はじめまして」、の三曲。二月は「どこにいるのかわからない」「たまたまだよ」「もしも借りたら」「それだけなのに」、の四曲。三月には「本が好きなきみを」「ころがる消しゴムのように」「あなたに会いに-昼休みの図書室、二年後」の三曲。

今夜の第一回のしろくま図書委員会ライブに先んじて、上記合計十曲の新曲で、中学生の物語を連ねてきました。概ね以下のようなお話です。

昼休みに屋上から降りる階段の途中から、偶然小窓の向こうに見つけてしまった女の子。顔もよく見えない、もちろん名前もクラスも知り得ない図書室の中でしか見ることのない女の子を、ぼくは「図書委員のあのこ」とひそかに呼び始めました。

家庭の事情で本は手にも取らなかったし、読まなかったぼくなのに、昼休み、放課後と、毎日毎日図書室をのぞきにいくうちに、ある時いよいよ本を借りるために図書室に侵入、「図書委員のあのこ」の顔と名前を確認ができました。

しかしなにぶん、図書室以外では目立たない存在の「図書委員のあのこ」が、普段どこの教室にいるのかは、見当がつきませんでした。とはいえ狭い学校の中のお話です。やがて意外ないきさつで、あの子の所属クラスが判明しました。

と、ここまでが、三月までのお話。しかし、今日のしろくま図書委員会第一回のライブでは、所属クラスは判明しません。なぜかと言えば、このユニットにおいてより大切な、「図書委員による読書讃歌」「静かなる図書委員の魂の咆哮」のくだりが必要だからです。それら全部入れるとあまりにも長くなってしまいます。お話の続きは、次回以降にとっておきます。

昔から。可能な限り正確に言えば大学生の頃から、読書する人を眺めるのが好きでした。図書館に行って、自分で本を読みもしましたが、ときどき、無心に読書する人を眺めていました。僕はあのうつくしい、読書好きの人たちのことを勝手に、おとなの図書委員と呼んでいました。きっと、中学校時代は図書委員だったんだろうな、と決めつけて。

ライブハウスで歌い始めて以後、いつかは、我が心の図書委員を題材にかわいい歌を作りたいと考えていました。しかし、自分はそんなキャラではないだろう、という自制心によって、この歳になるまで夢を温めつづけてしまいました。

昨年秋、旧知ではありましたがほぼほぼ話したことがなかった柏原はねみさんに、「図書委員の歌をやってみたいんですがどう思いますか?」ともちかけたところ、なんと彼女は中学時代はずぶずぶの図書委員だったというではありませんか。「では読書好きの立場で歌を書いてみてください。」とお願いしたのが最後、その後は一度もお願いをしていないのにいつの間にか彼女は、読書好きな人の歌のみならず「図書委員がすきな中学生のぼく」の歌詞までも次々と書き連ねるありさまです。

こんな素敵な才能をもった人が思いのほか近くに、コタンにいたんですね。僕は知りませんでした。続きが楽しみでなりません。皆さんはどう思われるでしょうか。

「図書委員がすきな中学生のぼく」こと宮野馨こと石村吹雪

私が図書委員になったわけ。 しろくま図書委員

思えばまったくおかしな話です。図書委員の歌、だなんて。だって、図書室は校内でも最も静かに過ごさなければいけない場所のはずです。図書館だって同じ。なのに、この図書委員は、歌いまくり、咆えまくりです。

昨年、ここコタンの前店長が退き、長年のスタッフもやめたとき、もう新しい歌なんてできないかもしれない、そうしたらやがて歌い続けることもできなくなるに違いない、と思いました。歌が上手くない私が歌う、そのモチベーションは常に、私が見ている世界を、自分の言葉で自分のメロディで曲にして歌う、という、その一点だったからです。せっかく、新店長の和久渡さんが「続けてください」と言ってくれたのに、いつまでできるだろうかとばかり、考えていました。

そんなとき、旧知の石村吹雪さんから、この図書委員のお話を伺いました。吹雪さんと言えば、私の中では長い間、歌もギターも上手、かつ、何と言っても楽曲の言葉選びが巧みで面白い歌、の人でした。

ところが、まず最初に試しにお渡しした「本が好き」、私にとっては、ただただ、かつて本に熱中していた子ども時代を思い出して書いただけの歌詞でしたが、あっという間に、素敵なメロディがついて返ってきました。シンプルで美しい旋律に言葉がきれいにおさまっていて、正直、これは会心の出来だと思いました。ぜひ、歌いたい、歌わせてほしいと思いました。そこで続けて、小学校、中学校の図書室や委員会活動を懐かしく思い出しながらあれこれと書いてみたら、次々と曲になって返ってきました。それがことごとく、可愛かったり、子どもらしい元気さにあふれていたり、女の子らしかったりするのです。本当に驚きました。歌詞のイメージと違う、と感じる曲が、一曲もないのです。吹雪さんのイメージがガラリと変わりました。

私には、歌詞を書くとき、その風景の中に立って、周囲を見渡すようにして言葉を集めるという癖があります。歌詞を書くたび、この図書委員の物語は、まるで一冊の本のようにはっきりと形を成し、いまや、図書委員のあのこも、野球少年のぼくも、さまざまなシーンを見せてくれるようになりました。私はただその世界へ行って、ふたりの様子を見たり聞いたりしながら、歌詞を書いているだけ。宮野くん作詞作曲の歌も含め、図書委員会の持ち歌はすでに35曲をこえ、歌いたい曲もたくさんできてしまいました。つまり、私は自ら落とし穴にはまる、いや、率先して洞窟に乗り込んでいく勢いで、まんまと、「歌う図書委員」となってしまったのです。

全部が新曲だったり、物語になっていたりと、私自身、初めての試みばかりですが、みなさまのお力を借りて、しっかり役割を果たしたいと思います。ぜひ、応援のほど、よろしくお願いします。そして一緒に、中学校の図書室や、本の世界へ迷い込んでいただけたらうれしいです。

 

「しろくま図書委員」こと柏原はねみ

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